- 2022-2-5
- ゼロの法則実践記録・さぶれ
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夫編、最終回です。
体験記を辞めようかと思うくらい辛いことがあったので一度お休みをもらいました。夫の女性関係のことで見過ごせないものが出てきてしまい、そのことで頭がおかしくなっていた矢先に事故を起こしてしまったんです。
毎年、私は夏は運が悪くなります。特に今年は厄年ですし、何か来るか来るかと思ってはいました。運転にも気をつけていました。それでも起こしてしまった事故でした。
事故をした瞬間、心の中で「あー、やっぱりか」と思いました。不思議と心は落ち着いていました。私はなぜかそこで、とても不謹慎ですが、ほっとしたのです。
「あぁこれでもう、無理をしなくていい。もう、無理をしなくていい。もう、無理をしたくない、、、もう疲れた、、、」
そう思って、なぜか力が抜けました。なんだか起こるべくして起きたような気さえしました。もう、慌てふためく気力すら 私には無かったのです。これは、何か意味があるような気がしてなりませんでした。
事故の処理も大方終わった頃、夫もなんだか少し力が抜けたような感じがしました。 イライラしなくなったというか、、、
私はこのマイナスにどう意味を持たせるかをずっと考えていました。そして「あっ」と思ったことがあり、今回の「夫編」のマイナスの問題点の点と点が線で繋がりました。
今回の夫編のマイナスの数々は、私と夫が自然体で夫婦として向き合う為に必要だったのではないか、、、。私も夫もいい妻いい夫を演じることに疲れてしまっていたのではないか、、、人はそう簡単にいい妻いい夫にはなれません。いい親、いい子供にもなれません。人は不完全で生まれて、不完全で死んで行くのが自然なのかもしれません。それなのに人はすぐに完全に成りたがり、完全な状態こそが自然であると勘違いをして生きてゆきます。その勘違いこそが”欲”として我々の前に現れるのではないでしょうか。
あれも欲しい、これも欲しいと無いものねだりをしたり、自分はもっとこうあるべきだと過度な自己イメージを作り、それが達成出来ないと誰かや何かのせいにし、こんなはずじゃないと怒り、、、
夫は良い夫を演じる為に無理をし、私は良い妻を演じる為に無理をしていました。お互いの中に”自分は夫として妻としてこうあるべきだ”という思い込みがあり、それを演じ続けることで自分らしい自然体の自分を押し込めて、お互いの前で出せなくなっていたのではないかと思いました。
でも、夫婦間で自然体の自分を認め合えば、外に自分を受け入れてくれる人を求めなくてもいいんです。この体験記でも、私の目標は”自然体の自分で生きること”と最近ずっと書いていました。私は実は意識ではあまり自然体の自分を欲していませんでした。無理をして頑張ることが癖になっていたからかもしれません。それでも目標として出て来ていたのは、私の心身からの無意識の悲鳴だったのかもしれません。
これから長い長い道のりを、夫と息子と娘と過ごして行くのです。それぞれが自然体の自分を認め合って過ごして行くことが出来れば、ストレスはあれどきっと幸せになれると思います。
夫もまた、半年間夫婦関係のストレスから逃げる為に私利私欲に生きた結果、得たものは何も無かったそうです。夫は、「マイナスから逃げても何も得られない」という教訓を得たんだと思います。
私の母親に言われたのですが
「旦那の仕事が決まって正社員になれたでしょ? 赤ちゃん産まれたでしょ? 良いことがたくさんあったじゃない。 そういう時は悪いことが起きるのよ。膿が出るの。でも、その後凄く良くなるんだよ。」
なんだそうです。
そして色々考えた挙句、夫にはこんな言葉で締めることにしました。
「5年後10年後、今回のことがあって返って良かったね。あのことがプラスになったよね。って言えるようにしてほしい。」
夫は
「わかりました」
と言っていました。
私の自然体になりたいという苦しみも夫のマイナスのおかげで随分と解消出来ました。まだ不完全な自然体ですが、不完全で自然体なんだということが分かったので、もう背伸びをする必要はありません。
死ぬまで不完全で、死んでも不完全かもしれません。でもそれでいいんですね。それが自然体というものなんだと思えるようになりました。
夫編はこれで終わります。リアルタイムで体験記を書いたのは初めてなので、ハラハラし楽しく書くことが出来ました。読んでいただきありがとうございました。この夫編で私自身はゼロの法則に対する価値観が180度変わりました。自分の中のゼロの法則の最終章となるような内容にして行き、体験記の1年間を締めくくることが出来ればいいなと思っています。
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